はじめに
エジンバラ産後うつ病自己評価票(Edinburgh Postnatal Depression Scale:以下EPDS)はCox ら(文献1)によって1987年に英国で開発されて以来、国際的にも広く普及した(文献2)。これまで20ヵ国語以上に翻訳され、今日では産後うつ病のスクリーニング・テストとして定着している。
日本でも国民キャンペーン「健やか親子21」の中で、母子保健医療における心のケアの推進が提示され、産後うつ病の罹患率(ベースライン:13.4%)を「2010年までに減少させる」ことが目標に掲げられ、以降、地域の母子保健関係者の間でも産後うつ病に対する関心が高まり、EPDSなどを用いた様々な試行錯誤が開始されている。
しかしながら、本来スクリーニング・テストとして開発されたEPDSであるが、その使用方法については必ずしも適切に使用されていない。筆者の知る限りでも、版権の許諾なしの使用、日本版(再英訳)(文献3)の修正、母親への自己採点の強要などといった誤用が多くの自治体で行われている。また、EPDSを診断ツールとして使用すること、配布後の評価と追跡がほとんど実施されていないことに杞憂する。EPDSを用いた産後うつ病への現在の地域における取組みは、いわば「EPDSが勝手に一人歩きしている」状態といえよう。こうした不適切な誤用は、スクリーニングの意義を失うばかりでなく、協力した母親に偏見を抱かせるという逆効果も生じる。
したがって、今回は、EPDSの基本的な使用上の留意点について概説すると共に、プライマリ・ケアにおけるEPDSを用いたシステムづくりの最近の動向についても紹介したい。なお、詳細な使用方法を簡易に記載した「周産期のメンタルヘルス- EPDSのガイドブック-」(文献4)が、最近出版された。
1. 産後うつ病に対するスクリーニングの正当な理由
(1) 家族に及ぼす影響の防止
プライマリ・ケアにおける産後うつ病の有病率は10-15%に及び、特に産後3ヵ月以内は非産褥期女性と比較すると有意に高く、うつ病の好発時期に相当する(文献5)。しかし、産後うつ病の早期発見と治療が遅れると、家庭生活や育児能力が低下して、長期的にみると母子関係、乳幼児への影響を含めて家族への大きな影響を及ぼすこと(文献6)も明らかになっている。
(2) 介入のメリット
母親の多くは、周産期には母子保健の専門家と接点がある。しかも最近の産褥婦はメンタルヘルスについて大きな関心を示している(文献7)。したがって、EPDSを用いたスクリーニングという手段は、産褥婦と家族のみならず母子保健の専門家に対しても、産後うつ病に対する啓発を喚起できるほかに、専門家相互の連携、医療機関への紹介といった実践面での展開が容易になる。さらに母子心中や自殺防止を含めた早期の予防的介入の絶好の機会になる。いうまでもなく産後うつ病には有効な治療法がある。
2.スクリーニング・テストに対する母親の反応
母親が調査に参加したくない理由はいくつか考えられる。例えば、既に産後うつ病の治療中の女性では、うつ病という烙印を押されることに対する懸念から、自らの感情を記載することに恐れを抱くであろう。また単にプライバシーを保持したいという母親もいる。
いずれにせよ、EPDSの記入を母親に強要してはならない。こうした機会を利用しないことは女性の絶対的権利であり、母親の意思を尊重しなければならない。
一方、こころの病気の過敏に反応して、正当な問診をためらう母子保健の専門家もいる。スクリーニングの目的が、1)援助を求めている母親を見つけ出す絶好の機会であること、2)母親が受ける情報が有益であることを母親に理解してもらうことを忘れてはならない。
3.EPDSの基本的使用方法
版権許諾については、Royal College of Psychiatristsに帰属し、無断転載を禁じられている。許諾の問い合わせについてはメールでも可能である(Mr. Dave Jago: Head of Publications; http://www.rcpsych.ac.uk/college/stcomm/)。ただし、再英訳のEPDS日本語版(文献4)については、版権上の注意事項を守れば、現在は許諾なく使用できるようになった。
(1)配布方法
いつ:オリジナルの配布時期は、英国の医療体制では産後6週間目に一般医(GP)やbaby clinicにおいてHealth visitorが配布した。各国の母子保健の医療システムも考慮され、現在では産後1~2ヵ月、2~3ヵ月、5~6ヵ月の各時点における配布が推奨されている。
日本での配布時期は、産後1ヵ月検診、新生児訪問時、産後4ヵ月健診時に該当するが、後述する配布環境に注意しなければならない。さらに、重要なことは、高得点者に対して考慮される対応内容も含め、スクリーニング・テストの意義については配布前に必ず説明して同意を得ることは言うまでもない。
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